私とこどもの数年間㉒

私とこどもの数年間㉒

この出来事がおきるまで、私は、

「病気がこどもを攻撃する」
「その攻撃から子どもを守っているのが私」だと思っていて、

私なりに必死で、子どもを守ってきたつもりでした。

たびかさなる入院生活は、母としての自分を責める日々で。
親としての無力さをかみしめることのほうが圧倒的に多かった。

それでも、

という思いだけはあって。

その思いは、私にとって、「母としての自分」のとても大きな芯となっている部分でした。




毎晩のように救急病院に通い、一睡もできない緊張する夜が続いても。


県外での手術や遠征入院生活で、付添いの交代をすることもできず、病院の近場の銭湯に行くこともできなくて。
真夏の入院生活の中で1ヶ月に3回しかシャワーをあびられなくて、体中がじんましんだらけになっても。


1歳〜2歳の小さな我が子には、毎回30分程、毎日5〜6回おこなわれる投薬や吸引の意味がわからず、毎回いやがって泣き叫んで大暴れして。
そんな子どもをこちらも必死でおさえつけて処置するために、毎日が汗だくの格闘で。


投薬に絶対に必要な時間だけを計算しても、毎日3〜4時間以上はかかる。その間、尋常ではない泣き声で泣き叫び続ける声を心配した方に、虐待を疑われて通報されたときも。

入院中に、同室の親御さんの理不尽なクレームを受けたり、怒鳴られたりしたときときも。

いろんなことがあって、何度も何度も心が折れて、折れて折れて折れて。

それでも前を向いていられたのは、

「どこの誰がなんて言おうと、私がこの世界で一番、わが子を必死で守ろうとしている」という確信があったからでした。

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