私とこどもの数年間㉓

私とこどもの数年間㉓

闘病生活中に、子どもに対して感じるたくさんの「ごめんね」

 


ごめんね、
健康な体に産んであげられなくて。
ごめんね、病気にさせてしまって。
ごめんね、痛い思いをさせて。
ごめんね、苦しい思いをさせて。
ごめんね、変わってあげられなくて。
ごめんね、ママが、こんなママで。

あげればキリがない「ごめんね」の中で、「母としての私」にたったひとつ残った、ただひとつの芯。

「それでも、守っている」
「守っていける」
「守っていかなくちゃ」という思い。

それは、いろんなことがあって落ち込んでも、そのたびに

「この子を守れるのは私なんだから、私がへこたれちゃダメだ!」
「母である私が、暗い顔をしているわけにはいかないんだ!」

と自分を奮い立たせる原動力になるものでもありました。

それが今回、自分のミスで、子供を傷つけ、命の危険にさらした。

「病気のせいだけじゃない、私のミスで、目のまえの事態は起きているんだ」

「私が我が子を傷つけた原因なんだ」と、その事実に直面した。



こどもを病気から守る、というこれまでの立ち位置から、

子どもを傷つけ、命の危険にさらす原因のような立ち位置に、自分が立った。


それは、こどもとの闘病生活を過ごす私にとって、たったひとつの「母としての私」の芯を、大きく揺るがす、そんな事件でした。



 

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