私とこどもの数年間㉔

私とこどもの数年間㉔

自分のなかにただひとつ残された大事な思い。

自信を失ってばかりの子育ての中、「母としての私」に、たったひとつ残された芯であると、信じていた部分。

それすら信じられなくなった私は、この出来事のあと、さらに神経質になってしまいました。

いままでも「夜は本番」でしたが、これまでとは、プレッシャーも、重みも、まったく違っていました。

「まだ大丈夫のはず」とあのとき判断したことが大きな間違いで、「大丈夫ではなかった」という記憶。

そして、「まちがえた」ことで子供を意識不明の状態にさせ、後遺症まで与えてしまったという記憶。

「自分のミスジャッジで我が子を傷つけた」という記憶は、強烈に心に爪痕を残していました。

また同じようなことになったらと思うと、こわくて。


主治医の先生は、何度も何度も丁寧に教えてくださって、聴診器の音の聞き方や、こうなった場合はこういうふうにする、というのを辛抱強く私に勉強させてくれました。

けれど、
私はもう、この出来事のあと、自信をすべて失ってしまいました。


「このレベルの陥没呼吸なら大丈夫かと思っていたけどだめだった。」

「でもこのレベルの陥没呼吸で救急車を呼んでいたら、毎日救急車を呼ぶことになってしまう。」

「でもまたこの間のようなことが起きるかもしれない」

「じゃあ今すぐ救急車を呼んだほうがいいのか」

「でもそれなら毎日救急車を呼ぶのか?」

夜がくるたび、私に迫られ、決断しなければならないいくつもの判断。
その重みが、以前にも増して、吐きそうなほど胸にのしかかってきました。


投薬タイミングも、救急病院の受診タイミング、救急車を呼ぶタイミングも、なにが正解なのか、なにが正解じゃないのか、分からなくて。

このときの私に確実に分かっていたことは、「私には分からない。」ということだけでした。



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